この一年
孤独地獄から脱出すべく、先日大学の一般入試を受けました。合否は別として、今は自宅と図書館を往復するだけの孤独な生活が終わったと思うとホッとします。
思えば母親以外の人間と一年くらい話してない。そんな人間が大学行ったって孤独に変わりはない。唐突な不安が押し寄せてきて動悸がします。でも、久しぶりに会話して笑いたい。この1年、縁の切れた旧友とどれだけ脳内で会話することを想像したことか(笑)
寂し過ぎて同級生のツイッター見ちゃうと、それぞれ現在の友人や彼女がいて、劣等感と共に「ああ、アイツらとも昔みたいに笑い合うことも出来ないだなあ」と思うと余計に鬱になりました。
主に中学の同級生で時間が流れすぎて、おそらく向こうは覚えてないのに俺だけ過去を思い出してる悲しさが込み上げてきます。今年、成人式にも行かず同級生のSNS見ながら過ごしました。客観的に見たら相当気持ち悪いです。そんな奇怪な1年が終わり、大学に受かったらようやく現実が動き出す気がしますが、落ちたら就活です(笑)
バンドの記憶
いつもの如くユーチューブでどこぞのバンドのMV見て暇をつぶしていたら俺と同い年ぐらいの人が、まあ良い曲作ってた。
もうそんな時期か、確かに19、20は才能ある若者が世に出るころだよなー。と思いつつも何処かぞわっとした。
「ああ、俺は一体今まで何をしてきたのか。本当にこのままでいいんだろうか?いやよくはない。でも今さら…」
という焦燥感と諦観の入り混じった心理状態に陥った。それを紛らわす為にバンドのMVの民度の低いコメント欄を見て
「ケッ!こんな馬鹿どもが聴いてるバンドなんて聴きたくねーぜ!」
と思ったら、よけい気分が悪くなった。
3年前、当時、高校二年。愚かな俺は後年「恥の記憶」に苦しめられるとも知らずに、初心者なのにバンドを組んでしまった。結局、ボーカルのサブカルクソ女にツイッターでボロクソに書かれ傷つき辞めることになった。
これが数ある後悔と挫折の一つとなる。
ニートはやることが無くてつい自分の過去を思い出すが、悉く恥ずかしい事しかない。何をするにも集中が切れてふと思い出してしまう。そして新しく恥を生み出さない為に何もしなくなる。あとは逃避と怠惰だけだ。
厄介な記憶である。
電車にて
吐きそうだった。俺は電車に揺られながらうつむいていた。昨夜の寝不足、多量のコーヒーとタバコのせいだろう。夏の日差しが猛烈に不快だった。茶色の胃液がこみあがってくるのが分かる。
俺の座席の前には子供連れの若い夫婦が立っていた。気分が悪かった所為か、ふと妙なセリフが頭に浮かんだ。
「この子を神の子にしよう」
これは映画「まほろ駅前狂走曲」の悪役のセリフだ。むろん、俺は口に出してはいない。こんな事を公衆の面前で口走ったら大変な変態である。完全に頭いっている。
だが、これを気心の知れた友人に冗談として言ったらどうだろうか。例えば友人に子供が産まれたとき、ちょっとしたユーモアのある冗談になるのではないか。もっとも、映画と同じ様に父親にぶん殴られるかもしれない。
松田龍平かっけー。